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2010.03.27

パソコン元祖Z80

TK-80とは…


30年前へタイムスリップ。。

人づてに東京理科大学で情報処理技術遺産認定記念の企画展ということで近代科学資料館では『パソコンの歴史展』が開かれていて、その一環として「パソコンの元祖Z80・実演とシンポジウム」という特別講演なる物があると聞いて、午後から新宿で飲み会もあることだからついでに立ち寄ってみようとノコノコ言ってみましたよ。

撮ってきた写真はフリッカーに置いてあります。

プロジェクト責任者だった渡辺和也氏と一緒にやってこられた後藤富雄氏の話を聞く機会というもなかなか無いし、実際そこにはTK-80が生まれる裏話というか(笑)、あの時代、マイコン黎明期の活気を垣間見れた気がしましたよ。TK-80が出た頃の1976年8月、僕はまだ中学1年生。BitINNに行くようになったのは確か中2の終わりくらい。評価ボードやキットが何十万円、下手すりゃ100万円以上もしていたなかでの破格値とはいえ9万近くしたキットを買えるべくも無く、BitINNやらH68/TRが置いてあった日立GAINとかウロウロするしかなかった。。その後の僕の話は過去のFM-8について書いてた記事でどうぞ。

あの当時はコンピュータというとミニコンクラス以上で、日本で年間1万台売れるかどうかのころ、それが工場であっという間に数万個できてしまうCPU 8080Aをなんとしてでも売り先を作り出す販促キットとしてTK-80生まれたそうだ。当時はまだCPUを触ったことどころか見たことがない人がほとんどであり、ハンズオンでのデモをしたり、勉強会を開くための手軽なキットを必要としていると感じて、ないなら作ってやろうと始めた物だったようだ。そして社内ベンチャーとはかくあるべきという姿が…なにせ上司には内緒で立ち上げるだの、社内で80%の反対者(20%の賛成者)となったときが立上げのタイミングだの、あのころのNECとしては、常識やぶりな商品だったようだ。とにかく新しいCPUというものを使ってもらうためのマーケティング商材として、当時では考えられない詳細なデータシートをつけたオープンアーキテクチャ、業務用とは思えないきれいで丁寧なパッケージング、DとBの大文字が出せないと泣く泣く小文字でと妥協?する(当時の品位としては許せなかったそうだ)、BitINNという常設ショールームの開設も型破り。他のメーカーはなにをNECさん血迷ったことをと思われたようだが、このあと追従していくつもマイコンショールームが出来ることになり、僕がウロウロする場になるわけですね(笑) そのほかにも愉しい話がいっぱい出てきたけど、書ききれないな。

こうして裾野を広げることに成功したNECは、このあとパソコンでは PC-8001, PC-8801, PC-9801と進むことになったし、TK-80から生まれたハードとアプリケーションのサードパーティは大いにNECをささえることなる。またワンチップマイコンでもシェアを獲得していくわけだけど、結局のところ、INTEL8080のセカンドソースから始まって、いまでもNECオリジナルといえるCPUって作れなかったんだなあというのはあとになってからの話か。確かにパソコン元祖と言えば元祖だし、IBM PCが入ってきてひっくり返されるまで、日本ではPC-9801とその互換機がシェアナンバーワンを誇っていましたね。と、いまでもNECとサードパーティの奥広さではナンバーワンかもしれません。

1時間半ほど話を聞いたところで、僕は時間切れ(;_;) もうちょっと聞いていたかったんだけどなあ。。ブレークタイムが入ったところで次の目的地である新宿へ。続きは途切れ途切れになってアップされていたニコニコ動画で見ました。

ちなみに東京理科大学の近代科学資料館では7月まで『パソコンの歴史展』が開かれているそうなので、今度はそっちの展示も見にいくことにしよう。

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